主演映画の公開初日を迎え、「解放されたような気持ち」と言う奥田瑛二さん。俳優としてだけでなく、監督作品が賞を受賞するなど、成功者として確固たる地位を築きあげた奥田さんが、本作では人生に疲れきった男、“加納靖史”を好演している。

― 成功者であられる奥田さんと、今回演じられた“加納靖史”は、正反対の人物でしたよね。

 「でもはまり役でしたね。俳優って誰しも、得意なパターンを2つぐらい持っていてね。猫背で、何かを背負って、さんまの腐ったような目をして、でも何かの時に眼光がふっとキラッと光る……こういう役は、実は自分の得意分野なんです。安売りスーパーで転がっている洋服で、猫背でいればいいから、役としてはそう難しい役ではない(笑)。得意中の得意、ぴったりの役でしたね。  この映画は自分もしかりですが、青年たちが主役なので、若者たちの激しく生き生きとした感じと無謀さを出すために、自分は対比として静かなる男を演じようと思ったんです。そうすると若者の躍動感とか疾走感が出てくるんじゃないかなって。台本では、爆発するところもあるんですが、それすらも出さないで静かに演じるという、そういうちょっとかっこつけたやり方をしたかな(笑)」

― “加納靖史”とはどのような人物でしょうか。

「自分の弾が犯人を射殺したことで、負の宿命を背負わされた男なんです。普通、ああいう時は、誰の弾が当たったのかわからないように一斉射撃するんですよね。ところがあの時は彼が打たされてしまった。ほかの人は打たなかった。そこから、転げ落ち、逃げていく人生。信頼してきたものをもぎとられ、心も体も貝になってしまう。
 全てが現実からの逃避。工場で単一的な作業を毎日繰り返すことも、酒を飲むことも、寝ることも。起きている間にどれだけ現実を少なくするか。そういう生き方だから、“生きてない”男なんです。でも最後まで、“ダンディズム”として持ち続けたのは、残された息子に何も言わなかったこと。自分が起こした社会問題を隠していた。それがかっこいいのか、ダサいのか、それは僕の中でもクエスチョンなんです。物心ついた息子に話しておけば、お互いに手を携えて生きられたのかもしれない。もしくは黙っていたからよかったのか。それは俳優奥田がむやみに答えを出せないところですね」

― 撮影中のエピソードなどありましたら、教えてください。

「役者で参加すると、あまり交じらないようにしてるんです。こういう役は特に、素が出るとだめでね。人と話せば素が出るじゃないですか。あの男みたいに『ええ、ああ』なんて言っていられない。だから、部屋にこもるんです。休憩中も一人で控え室で寝ていましたし、昼も一人でうどん屋に行って、移動も一人で。それが僕のやり方なんですよ。明るい役だったら、「おお、今日飲みに行くか」って言ってますけど(笑)」

― 特に印象的なシーンはどこですか?

「弱者に対して身を呈して手を差し伸べるところかな。商店街で、青年が殴られているところで『殴るなら俺をなぐりなさい』って言うじゃないですか。昔のインドで言う無抵抗主義。美学ですよね。
 実は僕、大阪の北新地である青年がいじめられているのに出くわして、一人で止めに入ったことがあるんですよ。後ろに手をまわして「やめなさい」って。その時の記憶があるから、ああいう芝居になったんでしょうね。その時は殴られず、じっと見ていたら、「ちぇ」って言って、いなくなりましたけど。
『あ、いじめられてる、よし、止めに入ろう』という“義務”ではないんですよね。義務感だとやられてしまう。気がついたら止めに入っていた、そういうものだと思いますよ。加納もあの時の僕も、夢遊病者みたいでしたよね」

― 今回、舞台となるのは1970年代の大阪ですが、背景となる事件はご存知なんですよね。

「あのシージャック事件は僕が大学1年の時でした。テレビで、撃たれて倒れるところを観て、それは衝撃的でした。その後の梅川事件も、全部観てきたものなんですよね。混乱と怒り、不満が溢れていた、そういう時代を振り返りながら、心に大きな空洞を持つ男を演じましたね。
 でも純粋でまっすぐでしたよね。今は若者たちが夢を持てなくなってきて、なんだか“腐りかけの果実”みたいだ。あの頃は殺伐とした荒野にみんなで鍬を入れて、これから開墾していくぞ、果物の木を植えるぞっていうような時代でしたから。“まっすぐ”の方向が間違っていることはあるけれど、どこかで青春のたぎりとか、熱いものとか、不満があるから突き進むわけじゃないですか。まあ、その結果バブルがあったわけですけど(笑)。今は突き進まないで、家でジーッとして、突然包丁を振り回す。若さは爆発するものだけど、爆発の方向性が、今と70年代とでは全然違いますね」

― 奥田さんは1970年代、どのように過ごされていましたか?

「僕の70年代は惨憺たる時代でしたよ。79年に映画でデビューするまでの10年間たるや、とても筆舌に尽くしがたい青春時代でしたね。宿もないし、アパートもないし。でもそれが役者をやる上で、何百個も何千個もある、どでかい引出しになっていますね。
青春時代の古い流行歌を聴くと涙が出るのに似た切なさで、時代を振り返って演じているから、そういう意味でも“得意”なんですよ。70年代は僕にとって明るいときはなかったから、それが役にも入りますよね、当然」

― 最後に、観に来られる方にメッセージをお願いします。

「この映画は、大きく言うと『人とは何か』がテーマなんです。もっと核心的に言えば、『絆』。親子の絆、家族との絆、それと友情。それらの絆という言葉が、この映画には的確でぴったりだと思いますよ。
『答えは未来にある』ってよく言いますけど、これだけいろんなものが錯綜した時代に生きていると、くだらないものとすごく大切なものを一緒に置き忘れてしまっていたりする。それを探そうと振り返ってみても、もう見つからない。そして、まあいいかって、また明日にむかって歩いていくんですよね。
 家族とはなんだろう、友達とはなんだろうといった“昔の情”を、観た方がちょっと振り返ってつかんでいただけたら、何か優しい気持ちをポケットの中にしまいこんで帰っていただけるのかな。そう思いますね」

 友達が多くてもさびしい思いを抱えていたり、家族の前で素直になれなかったり。そんな孤独が蔓延している昨今。スクリーンの向こうで繰り広げられる、古き良き時代の、熱すぎるほどの“絆”や、ヤンチャな若者たちの“純粋な爆発”が、大切なものを思い起こさせてくれるはず。「あなたは親子の絆をどうしていますか? 友情とはなんですか?」、奥田さんのその問いかけを胸に、置き忘れた何かを見つけに、ぜひ一度本作を鑑賞してください

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